いつもの冬の日(長谷酸+シャ)
いつもと変わらない年末。実家に帰るという選択肢はとうに寂れて、今年も見慣れたマンションの部屋でだらだらと過ごす予定だった。
予定だったが、年末に忙しいと言っていたはずの隣人とその仕事相手が、突然酒と肴を手に訪問してきた。こいつらが俺の部屋に訪れるのは珍しいことで、玄関で完全に気の抜けた格好と表情をしながら面食らってしまった。開けっ放しのドアから冷気が吹き込む。くたびれた半纏は十二月の冷気に勝てそうもない。
「入っていいのか」
仕事相手の方が言い、軽く首を傾げた。がさり、といくつか下げた紙袋が鳴る。年末の挨拶でもされたのか、彼の腕には有名店の名前がずらりと並んでいて、件の隣人はワインだか日本酒だかの、細長い紙袋を一つだけ持っていた。
「うわ、壮観だな……」
二人を部屋に招きながら、受け取ったいくつかの紙袋の中身を検分する。
「不慮の事故で予定がキャンセルになってな……」
隣人ことハリウッドが、俺の疑問に先回りして回答する。
「その紙袋は挨拶とか先方からの謝罪の品とか、まあ色々だ。これと二人きりで消費するのはごめんだからアンタも巻き込ませてくれ」
ハリウッドの仕事仲間、シンプルハートは上着を適当にかけながら補足する。二人きりが嫌なのはなんとなくわかるが、わざわざ一緒に来る辺り仲が良いんじゃないか? と思わなくもない。
巻き込まれろ、でも巻き込まれてくれ、でもなく巻き込ませてくれ、という言い方が、シンプルハートらしいと思って長谷部は少し笑う。
「グラスを借りる……」
言いながら、ハリウッドがふらりと台所へ消える。間取りはほぼ同じだからまあ当然なのかもしれないが、勝手知ったる、みたいな足取りはなんというか、嬉しいような、妙な気分の良さがある。深緑のセーターはやや厚みがあるようで、薄い背中はいつもより温かそうに見えた。
ふと、視線を感じて振り向けば、テーブル周りを片付けているらしいシンプルハートが、こちらをなんとも言えない目で見つめていたことに気づく。
「な、なんだよ」
「……いや? オキシジェンが季節相応の格好をしているのが珍しいんだろう」
ちょっと目を向けただけで全部バレている。この二人はこういうところがあるので、たまに居心地が悪い。「まあ……」と少し恥ずかしい気持ちを抑えられず目を背ける。
「正解だ。昨年までは気温というものを知らない格好をしていたからな。アンタの影響だと思うが、覚えは?」
片目だけを少し細めながら、シンプルハートはからかうような声色を含ませて語りかける。
覚えは、覚えは――なんとなく、あって欲しいぞ、とか思いながら記憶を探って、ふと十二月に入ったばかりの頃が閃いた。仕事終わりに駅前近くでハリウッドにかちあったとき、確かにあいつは〝気温というものを知らない格好〟をしていた。急に下がった気温をまるで無視するような薄い黒いニットと、秋口か春先に着るようなぺらぺらとしたカーディガン。あのとき確かに自分は顔を顰めた気がする(というか今まさにそれを思い出して眉を顰めてしまった)、から――小言でも言った、とか?
「上着を借りた……」
いつの間にかすぐ近くにハリウッドの姿があって、俺は思わず一歩後退ってしまった。ハリウッドは片方の手にコルクの開いたワインを、もう片方にグラスを三つ持っていて、なんとも器用な佇まいをしている。
「そ、そうだったか?」
「ああ……突然、お前が着ていた上着を僕の肩にかけた。『見ていられない』とか、言っていたか……」
ハリウッドの言葉を聞きながら記憶をたぐる。ああ、そういえばそうだったかも……と思い出しかけている。
「僕としては、上着を脱いだお前こそ見ていられないように思ったが――」
ちらりと覗く前髪に覆われた瞳がこちらを流し見て、『やれやれ』と言いたげな雰囲気を感じる。う、と言葉に詰まった。
「まあ、暖かいものではあったな」
瞬間、ハリウッドの空気が和らいで、心なしか表情も緩んだ。さっきの比にならない嬉しさが、注がれるワインと一緒に満ちる。
「あんたら――頼むから他所でやってくれ、と言いたいところだが、この場合、俺が他所に行かないとダメなやつか?」
はああああ、と思い切り盛大なため息をはいて、長谷部とハリウッドでもない声が言った。ハリウッドの『やれやれ』よりも、余程『やれやれ』と言いたげなうんざりした響き。テーブルには既に箱物が全部広げられ終わっていて(手際がいいのでリボンやら熨斗やら包装紙やらがどれだけ重ねがけられていても音一つ出さずに開封するのだった)、その中でも一際場所を取る甘そうな和洋のお菓子を全部食わされたみたいな顔で、シンプルハートが苦り切ったようにこめかみを抑えていた。
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