電子レンジは特訓しない(カチューシャ+ギノルタ)

 チーン! と電子音を鳴らして呼びつけると、ギノルタは億劫そうな顔で扉を開けた。今日は黄色い箱に赤い龍が描かれた、温め時間一分半のシュウマイ弁当。どうよ、と思いながら奴の反応を伺うと、ギノルタは容器を手にして軽く息を吐いた。

「……ぬるい」

 シュウマイ弁当が逆戻りし、私はクソッと(頭の中で)悪態をつく。


 や、私の名はカチューシャ。電子レンジだ。AIを搭載した最新型であり、オーブン機能、スチーム機能、ビストロ、お弁当温め、おまかせグリル、その他諸々ハイテク機能を搭載した超超スーパー高性能なやつだ。そこらのレンジ連中とは比べるまでもない。で――そんなとっても凄い私は、こいつ、ギノルタ・エージの家でこき使われている(変な名前で、どういう漢字を当てるのかは知らない)。

「やあギノルタ! 電子レンジの調子はどうだい?」

「どこから聞いた?」

 両手いっぱいに下げたビニール袋をガサガサ言わせながら、スーツ姿の男が一人、軽快な調子で上がり込んできた。甘ったるく整った顔立ちと、やたらに見開いた両目。いやあ、ちょっと小耳に挟んでね。勝手に入るな。まあまあいいじゃないかこれくらい。これくらい? 闖入者にまるで頓着ない様子であしらわれているギノルタのザマを見るのは気分がいいが、完全オートロックの見るからに堅牢そうなこのマンションの部屋の中に(なにせ正面の壁一面に広がるバカでかい窓ガラスの向こうに空しか見えないくらいには超高層らしいのだ)、どこをどうすれば勝手に入れるのかは謎だ。

「へえ、これがカチューシャか。どれどれ、オーブン機能、グリル、ビストロ……ははあ、スチーム機能まで! 凄いじゃないか。随分と便利になったもんだねえ」

 見開いた両目で説明書きを眺めた男は、カチューシャの売り文句を的確に把握したらしく、いたく感心したように言った。ふふん、そうだろと気を良くしたカチューシャに、いや、そんな大層な機能は使い物にならないとギノルタが言い捨ててきやがり、おやそうなのかい、と男が納得したようにすんなり応じる。テメー褒めるなら最後までしっかり褒めろよ、アッサリ納得してんじゃねえよ、ちったあ言い返せやボケナスがと罵倒しまくるカチューシャの内心には全く気付かないで、男は検分するように顎をさすった。

「まだ調整には時間がかかるってことかな。使ってどれくらいだい」

「二週間」

「うん、そろそろ大体の癖もわかってきた頃ってとこか。温めは普通に出来るんだろう? ぜひ試させてもらいたいと思って、色々買ってきたんだよ」

「止めろと言っても、どうせ聞かないんだろうから勝手にすればいいが、勿論あんたが全部食べるんだろうな」

「おいおいおい、もしや私がそんなにケチ臭い真似をすると思われているのかい? まったく心外だな! 勿論全部半分こさ」

「……」

「ほら、各種弁当にカレーにドリアにたこ焼きに餃子とスパゲッティだろ? こっちはデパ地下で買った肉やら魚やら。せっかくお邪魔させてもらったんだから、こちらも礼儀として、きっちり全部の機能を使わせてもらわないと……ああ、パンも焼けるじゃないか! 何々、加熱水蒸気式のスチーム機能でパン生地も乾燥させずにふっくら、発酵から焼き上げまでおまかせ、と……。素晴らしい。焼いてみても?」

「いいと思うか?」

「君が勝手にしていいって言ったんじゃないか。なあカチューシャ?」

 ――そうやってギノルタがやり込められているのを小気味いい気分で見物出来たのはここまでで、この後この男(ミナト・ローバイと言うらしい)は、ふーむ、これもちょっと温めが足りないな、こっちはどうだ? などとぶつぶつ言いながら、記録をつけることにしか興味のない研究者の様な調子で、本当に持参品(恐ろしいことに五十品近くあった)の全てを温めようとしてきたので、カチューシャは忙殺と疲弊でそれどころではなくなった。延々と強いられたフル稼働の挙句に、じゃあそろそろパンでも焼こうか、と宣われて本気でショートしそうになったが、そこで意外にも――本当に意外なことだが――ギノルタが止めに入った。

「おい、もう十分だろう。そこまでにしておけ」

「うん? しかし、まだまだ試したいことは……おっと! いやいや、そんな顔で睨まないでくれよ。あれだよ、せめてカチューシャがきちんと温められるものを、一つくらいは発見してやりたいって思うだろう? ほら、君の今後の食生活のためにもさ」

「もう知ってる」

 カウンターに散らかる凍った食品の中の一つを、ギノルタが逡巡なく取り上げる。ガチャ、ばたん。興味深そうに見守るローバイの大きく見開いた視線には取り合わずに、面倒そうな顔のまま温めボタンを押す。

 突っ込まれたのは冷凍ピザで、これを最高の出来栄えで温められることは、確かにカチューシャも、この二週間の生活の中でもう知っていた。


 ――実はKatyusha BM-SOには、カチューシャモードという機能が搭載されている。これは私、AIカチューシャが、電子レンジの今までの使用データから持ち主の好みの温め加減を弾き出し、好みの温度に仕上げてやるという、とってもスペシャルな機能だ。こいつ相手には絶対使ってやるもんかと思っていたが……まあ、こいつもまあまあ私の扱いを見直す気があるらしいし、そろそろ使ってやってもいいのかもしれない。

 今日もどんよりと陰気な顔で帰ってきたギノルタが、ビニール袋から弁当を一つ取り出してカチューシャの中に入れる。操作されたお弁当温めモードを、カチューシャはこっそりとカチューシャモードに変えてほくそ笑む。ピ、とスタートボタンの押される音。

 爆発音が轟いて、そのギノルタのいる高層階マンションの、ガラス張りの窓が残らず割れた。爆風で室内が荒れ狂い、ギノルタ・エージの髪が乱れていく。

「……やれやれ」


       *


「――はあん? で、これが私の力の予測データってわけ」

 フランス人形の端正な顔で絡むように言いながら、彼女――カチューシャが、薄い書類の束をぺらぺらと捲った。

「よくこんな実験出来たわね。これってあれでしょ、つまり〝オルガン〟の威力を抑えたらどれだけ応用出来るのか、みたいな実験なわけでしょ。私のパワーアップと大活躍ってホラ、せっかくあんだけ苦労したのに、あのクソ上司のせいで公式な記録として残んなかったわけでさ。だからシステムからはこーゆーサポートみたいなことはされないと思ってたわ、正直なとこ」

 まあ勝手に特訓してるからいーんだけどさ、とカチューシャがひとりごちたので、フェイは小さく苦笑する。特訓。大雑把が売りで、自分の力のその脅威を正しく理解し、傲慢と怠惰を振り撒いてみせることが他者への牽制と威圧になることだと思っていた彼女から、特訓などという殊勝な言葉が出るとは。人は変わるものだ。

 フォルテッシモの能力が一時的に消失した事件で、特別製合成人カチューシャの能力の成長が見られた――その報告は正式な記録として扱われていないが、実際のところ、その報告を元にして、〝オルガン〟の再調整のための研究は進められることになった。これは成長の見込みがあるならば怠慢を許容しないというシステムの方針が理由でもあるし、システムの目の届かない水面下で、能力を成長させ、そのまま隠蔽を図られる、ということを防ぐためでもある。

 今回行ったのは出力調整実験だった。カチューシャの見立て通り、オルガンにどれだけ緻密な制御と応用が出来るかの検証だ。いかに威力を絞れるかというのがそもそもの大前提になるので、代替となるサンプル――今回の場合は電子レンジ――には、カチューシャと同程度の威力を搭載している。当然、その破壊力を確かめることは計画の中に想定されてはいなかったが、今回は何らかの不測の事態があったらしく、うっかりと暴発し、結果的にカチューシャ(本物)に渡す資料の枚数が少なくなったという訳だ。データを取るための協力者が誰だったかはフェイは知らないが、大惨事は免れなかっただろうから、気の毒にと同情する外ない。

 とはいえ、そんな研究部門の悲哀など、カチューシャにとっては全くどうでもいいことなので。

「こんなチャチな実験データで私の能力の真価が測れるとも思わないけど。まあせっかくだし、一応もらっておいてあげてもいーわ」

 その外見に相応しい、高慢と愛らしさをたっぷりと滲ませた声でそう言い放ち、パチンとウィンクを投げて寄越しただけだった。

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