Happy Halloween(シャークズ)
「……ちょっと、」
「何か問題あるのか?」
「あるに決まってるでしょ。なんなのよそれは」
多分、彼は首を傾げてみせたのだろう。紅葉の目の前で、背の高い白いシーツは、膨らむようにふわりと揺れた。
シンプルハートの仮装は、フラットシーツを一枚、頭から被って完成らしい。背が高いのでシーツの長さが全然足りておらず、黒い革靴を履いた足はシーツの裾から普通に出ていて、よく見れば目のところには穴すら開いていなかった。そこら辺にあったもので適当に済ませたんだろう感がバレバレで、これを仮装と呼ぶのはちゃんと仮装している人に失礼なんじゃなかろうか、と心配になる出来栄えである。船のハリボテ遊園地の一件で薄々気づいてはいたのだが、やはりこいつは、手を抜けるときの手の抜き方には妥協をしたくないらしい。足のあるおばけってアイデンティティ的にどうなんだろう、と紅葉はちょっと悩んでしまう。
「とにかく、なんていうかもっとこう、あったでしょうが。ちゃんとしたやつにしなさいよ」
「ちゃんとしたっていうのは、一体何と比べてちゃんとしたって言ってるんだ。どういうヤツを着ればちゃんとしたヤツになるんだろうな? それぐらい凝った華やかなものを着ないとダメっつーことかな」
「うるさいわね。私の衣装はどうだっていいでしょ。ママが勝手に用意したんだから……でも、そうね。そうよ、あんただってこれぐらい気合い入れなさいよ。全体的に雑なのよ。やる気が感じられないわ。きちんとやってる人に失礼じゃない」
「失礼というのがどういうことなのかがまず、なんかいまいちピンとこないんだが。まあつまりこの場合は、吾輩が君に対して失礼だということかな。君がらしくもなく可憐で愉快な衣装を着て、立派に仕事を頑張っているのに、隣に立つのが手を抜きまくった衣装のヤツだから、テンションが上がんなくて興醒めだ、と?」
「……。なんか色々とひっかかるんだけど、まあだいたいそんなところよ。興醒めとかじゃなくて、他の人たちが真面目にやっているときに、一人だけ手を抜くのは悪いってことよ」
「どうして悪いんだ?」
「だって、ずるいじゃない」
「ずるいっていうのは、自分がしょうがないなあって思いながらやってることを、なんかサボってるヤツがいて、それをずるいって思うんだろ? それならそいつもやめればいいんじゃないか。要するにやりたくないんだろ?」
「あーーーー! もう! 今は! 全然そういう話をしてるんじゃないのよ! なんなのよこのシーツは!」
「いや、じゃあどういう話なんだよ? どうして吾輩は怒られてるんだ? シーツ?」
「やりたかないわよこんなの! 私だってそれぐらい適当に済ませたいわよ! あんたばっかり楽してて冗談じゃないわ! いいからさっさと着替えなさ――って、あ――――……、れ?」
沸騰した腹立たしさに任せて、思い切りひっぺがした白いシーツが、ばさりと床に落ちる。
誰もいない。
「……――――え? え、え?」
不意打ちの困惑と、目の前の空っぽと、足元に広がった白いシーツ。脈絡なく登場した直球の怪奇現象に、ついていけずに悲鳴を上げそこなった。どう反応すればいいのかまったくわからず、紅葉は何もない空間と潰れたシーツをただ呆然と見比べて――後ろから呑気な声がかけられる。
「そういわれてもだなクズっち、吾輩は準備万端だぜ?」
黒い革靴だけはそのままに。隙なく結ばれた蝶ネクタイを揺らして、シンプルハートが首を傾げてみせた。
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