親愛なるM嬢へ(シャークズ)
「――手紙? 私に?」
首を傾げながらテーブルを見れば、確かに母親の言った通り、「葛羽紅葉様」と宛てられた白い封筒が置かれていた。くるりとひっくり返す。ますます紅葉は眉を顰める。
「……誰から? DM? なんかの案内? ママ関係なの、これ?」
「え? 別にテレビ局とか私の会社からとかじゃないわよ。普通にポストに入ってたけど」
「ええ……? 差出人も書いてないんだけど……?」
「あら。じゃあ、ファンレターとかラブレターなんじゃない?」
「いや、そんなわけないでしょ」
妙な方向で弾んだような声を出す母親との会話に疲れを感じて、紅葉は母親に疑問をぶつけることは諦めてため息をついた。おそるおそる封筒を振ってみるが特におかしな音はしないから、カッターの刃が仕込まれている……みたいなよくある(あるのか?)危ないことはなさそうだけれど。
「うーん……」
手紙。よくよく考えてみれば、こういうちゃんとした〝手紙〟を受け取るのは随分と久し振りな気がする。連絡手段がラインになってからだいぶ経つし、ラインの前はメールだったし。バースデーカードだとか年賀状だとか、あとは授業中に先生の目を盗んで、くすくすとささめく笑い声と一緒にこっそり回されるようなルーズリーフだとか(紅葉自身は、正直ああいったことはあまり好きではないが)、そういったたぐいのものが、紅葉にとっての〝手紙〟だ。だからこうした、羽ペンや羊皮紙の出てくる魔法使いの映画の中でしかみたことがないような、とろりと溶けたシーリングスタンプなどで封されたクラシカルな手紙が届くのは、それが差出人不明という不審物でさえなければ、結構うきうきしていたかもしれない。
開けるのは怖いものの、なんとなく捨てる気にもなれず、紅葉はもてあますように、その手紙を表に裏にとくるくるひっくり返して、ためつすがめつ眺めてみた。――と。
「……ん?」
ふと何かが頭に閃いた気がして、紅葉は封筒に顔を近づけた。「なにか」が見えた――気がした。眉を寄せながら、手紙に封をする、そのシーリングスタンプの模様に視線を止める。
蝋は真っ黒なので、その模様は酷く読み取りづらい。直線、直線、曲線。単調な線が重なり合うだけの、特に意味のない幾何学模様に見える。けれど――紅葉はほとんど睨みつけるように、封筒をジ、ときつく見つめた。
……丸いスタンプの中の、いくつもの三角。真ん中に配置されたふたつの逆三角に、その少し上に、円をつくるように配置された三角形。下の方に一列に並べられた三角は、ぎざぎざの歯のように見えなくもない。そういったパーツを支点にして、意味のなかった幾何学模様に、いつかの誰かを重ねてみれば――。
ガタンと大きく響いたのは、紅葉が鞄を地面に派手に落とした音だった。
「――なによこれ? 『元気だぜ』、とか言いたいのかしら?」
手紙の中はすこんと抜けるような青空の写真が一枚入っているだけで、紅葉は呆れ顔をつくってため息をついた。
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