お気に召すまま(シャークズ)
あ、と思うと同時に、目の前でぱたんとそれが音を立てた。乱暴と言えなくもない軽い音。長い指先が表紙を押さえ、そのまますいと取り上げる。つられるように目で追えば、青い視線だけ寄越された。口元を本で隠したまま、〝……何?〟と面倒そうな瞳が言う。無言のまま話を通そうと(あるいは煙に巻こうと?)するのはこいつの悪癖で、紅葉はちょっと眉を寄せるが、しかし文句を言おうとして、そのまま自分の方も押し黙った。出方を伺うみたいな鏡写しの沈黙。
〝んん? この葉っぱ? ただの栞替わりだぜ〟〝ああ、そういや君の名前も紅葉だったっけ?〟〝いや、その反応は自意識過剰じゃないかあ?〟――とかなんとか口を挟んできそうな人形を登場させ損なって、だからそうやって白々しくすっとぼけられるタイミングを完全に逃したことを、きっと同時に気付いたけれど。
「――――」
尻尾を摑んでやりたいし、ちょっとはうろたえさせたい。逃げ道をなくして追い詰めてみたい。そう思う気持ちはもちろんあって、けれど尻尾を摑めそうになったとき、摑み切れないのは何故なのか――いや、
何を言いたいのかを問う青い視線。こちらの出方を伺うような沈黙。――ババ抜きの最後の一枚を引かされるみたいな気分。多分、そんなヘマなんてするはずない。
「…………いや、何読んでるのかなって」
ふう、とため息を吐くときみたいな表情だった。仕方ないな、と言いたげな目の細め方で、本のタイトルがこちらを向く。棚上げも先送りも得意だけれど好きじゃないこいつの、プレゼントの箱を閉じるみたいな顔。文庫本に隠した下の、また今度、と上げた口元、……その尻尾を、
摑んでしまったら、私だって逃げ道がなくなってしまうのは、どうせちゃんと知っていた。
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