Do you like?(シャークズ)

「あんたって、何が好きなの?」

「ん? なんで?」

「なんでっていうか、あんたが全然自分の話をしないからよ。あるでしょ、好きなものとか嫌いなものとか、趣味とか特技とか」

「特技ねえ」

「あんたの言うことって、いっつも人間とか神さまとか、変にスケールがでかいことばっかりじゃん。わけわかんないことばっか言ってないで、たまには地に足つけた話もしなさいよ」

「まあ、大袈裟なことを言っていたつもりはないんだが。しかしだな、吾輩がそれを答えるためには、その前に一つ確認しなければならないことがあるな」

「? 確認って?」

「君が吾輩の好き嫌いの話を訊きたいのは、人間とか神さまの話だと主語がでかすぎて、いまいちピンとこないからってことなんだろ?」

「たしかにあんたの話は全然ピンとこないから、それは否定しないけど」

「ピンとこないっていうのはつまり、これが正しい、と確信できるような答えを得られない、ってことでいいのか」

「まあ、そうね。考えても結局宙ぶらりんのままっていうか、だから地に足がつかないっていうか」

「ならば地に足がついてる話ってどういう話なんだろうな。吾輩の好みを訊くのと、君のいう大袈裟な話をするのとでは、一体どこが違うんだ?」

「全然違うでしょ」

「でもどっちも君が知らないことの話だぜ?」

「う、うーん。いや、でも、神さまとか人間とかの話と違って、あんたの話はあんたに訊けば答えがわかるでしょ?」

「ところがどっこい、人間というのは自分のことが自分でわからないようにできている。人間は自分の好き嫌いを自分で決められない生き物だ、って話は前にもしたよな? 」

「何が言いたいのよ、あんた?」

「吾輩の話を聞くのも、君のいうスケールの大きい話をするのも、実は大差ないんじゃないのかな、って思ってな。君が神さまや人間の本質を訊かれてうまく答えられずに戸惑ってしまうように、好きだの嫌いだのと区別したものの正体も、恐らく人間のほとんどは大して理解していない。ああだこうだと得意げに並べ立てたところで、その本質を知らないという点では、どちらも変わらないだろう? ならば吾輩に吾輩のことを訊いて答えを得たところで、その答えというのも結局は、確信に足る根拠に乏しい、地に足のつかない宙ぶらりんなものにしかならないんじゃないのかと思ってな。君は君が好きなものを、きちんと答えられるのかな?」

「勝手にどんどん決めつけないでよ。答えられるに決まってるでしょうが」

「たとえば?」

「た、たとえば? え、えーと、そうね、モンブラン、とか? あとはえと、ラムレーズンのアイスとか、ミルクティーとか、シロップのかかった小さいクロワッサンとか、学食のうどんとか」

「なんで食べ物ばっかりなんだ」

「う、うるさいわね。いいでしょ別に。食べ物以外だって色々あるわよ。犬だったらパピヨンが好きだし、季節だったら冬が好きだわ。あとはそうね、色は白とか青が好きよね。紺とかグレーとかの落ち着いた色も好き」

「ふむふむ。ところで君はピンクとかは好きじゃないのか?」

「うーん、まあピンクも正直好きなんだけど……ちょっと私には可愛すぎるっていうか、なんとなく気恥ずかしいというか……ピンクと白で迷ったら白を選んじゃうって感じかな」

「ほうほう」

「あ、色って言えばチョコレート色とかココア色とか、そういう美味しそうな名前の色は可愛いなあって思うんだけど、好きな色とか訊かれたときにはあんまり言えないわね。ちょっとかっこつけすぎてるみたいな感じがしちゃって。好きなんだけど」

「なるほどなるほど」

「あ、あと最近は太宰治も読んでて、正直言ってることはほとんどわかんないし、愚痴っぽいし、ネガティブだし、なんとなく斜に構えてるっていうか、無駄にかっこつけてるっていうか、ひねくれてるみたいな感じでやっぱりあんまり好きじゃないんだけど、でも嫌だ、とか嫌いだーとか言いながら、それでも色んなことを諦めきれないところとかは、全然かっこよくないけど、でもそんなに悪くないかも、とか思うようにもなってきて、だから今では結構――ほら、ちゃんと答えられるでしょ? 好きなもののことぐらい、自分でちゃんとわかってるわ」

「どうして?」

「え?」

「そんなにちゃんと知っているなら、どうして今更吾輩に訊く必要があるんだ?」

「は? どういう意味…………は、はあ?!」

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