bet(ジャコモ+リリー)

※ BADON最終話のネタバレを含みます


 ――戻ったら話しに行きますね。聞いて下さい。

 そう約束をして、ヤッカラへ里帰りをしていたリリーが、バードンへと帰ってきて、ジャコモもまた、彼女との約束を守るためにバードンへと入っていた(リリーからの連絡は、戻りましたという報告だったが、帰還時期を知らせる連絡は、ハートからも、彼女と共に里帰りをしたラズからも数日前の時点で既にあり、ラズからはほんとにお世話になっちゃった、という苦笑を、ハートからは絶対にバードンに戻ってろという釘を、それぞれ受け取っていた)。そうして約束通り、彼女の旅の話を聞き、それからこの公園で、このベンチで、よく自分の話をハートから聞かせてもらっていたことを教えてもらい、甘いような苦いような気分で目を細め、ハートと最後にゆっくり話した場所もここだったなと思い出して、そのことを口にした。

 そうなんですね、と、彼女が微笑んだ、その表情がそこで一度固まった。笑みが一瞬失せ、はっとして、すぐに取り繕ったような笑顔を浮かべ直す。けれどこちらの表情に気付いて、浮かべ直した笑顔がまた頼りなくよれる。

「いえ、あの、……その」

 それまで穏やかに話していたリリーが困ったように言い淀んで、ジャコモは少々大袈裟かと思う程度には緊張した。会話を交わすとき、気が引けるような、悪いことをしているような、どうにも居た堪れないような心地がするのはいつもこちらの方で、そういった戸惑いをふわりと柔らかく受け止めて、途方も無い穏やかな温度で、花を贈るように言葉を手渡してくるのはいつもリリーの方だった。そんな彼女がこんな風に言葉を崩したら、動揺するなと言う方が無理というものだろう。ヘーゼルナッツの澄んだ瞳は迷うように揺れて、途切れた言葉の先はまだ聞けない。ジャコモは続きを促したい――いっそ懇願したい――衝動にただ耐えた。リリーがもう一度口を開いてくれるのが、後一秒遅かったら絶対にそうしていた。

 すう、と息を吸う音。

「ハートさんが、頭を撫でてもらったと、話してくれました」

 ぽかん、と、虚をつかれて沈黙が落ちた。リリーの顔を見る。表情はもう落ち着き払っている。なんとなく、カジノのテーブルについているような気分。彼女の手の中で、さくらんぼ茶が遊園地のコーヒーカップようにぐるぐると回っている。

 相手の手札も欲しいカードも全部分かっているのに、心臓が跳ねているのがおかしかった。

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