ダイヤモンドは砕けない(シャークズ)

「君の言う、女の子の憧れを一身に集め尽くしたこれだって、剥ぎ取ればただのがらくたに過ぎないんだぜ」

 ぽい、と投げられたそれは、きらりと光を跳ねさせながら紅葉の手の中に綺麗に収まった。ひやりとした冷たさと重みにびくりと思わず視線を落とす。それは華奢な作りの銀色の指輪で一瞬意味が呑み込めず、こういうのをエンゲージリングと言うのだろうかと場違いな方向に思考がもつれる。滑らかなプラチナのその中央に、ついているのは透明なのに虹色に輝く――目を見開いた。

「このダイヤモンドをいかに輝かせるかというのが、宝石職人の永遠の課題らしい。いわゆるブリリアントカットというやつは、ダイヤモンドの反射や屈折率といった光学的特性を数学的に考慮し最も美しく輝く角度を算出して切り出した五十八面体のことで、光を全て内部で全反射するので一層その輝きが際立つという」

 絶句する紅葉を余所に、ハズレ君はいつもの滑らかさで講釈する。しかし紅葉にはそれどころではない。手の中がじわりと温度を上げて、透明はますます虹色を散らかしている。

「こ、これ、どうしろって……!」

「さっきも言ったが、その宝石自体に実は価値なんてない。五十年前にでっちあげられた架空の価値を引きずって、今なおありがたがっているだけだ。つけられた値段は当てにならない。そんなもんは道端の石ころと変わりゃしない。その石の価値を本当に決めなければならないのは持ち主だけだ。んで――」

 その人形は、ここでにやりと口元を釣り上げた。

「吾輩にとっちゃ、石ころと大した違いはないんだが、君にとってはどうなんだろうな?」


 *


 親指、小さい。中指、人差し指……少し小さい。小指――指輪はくるりと一回転をした。誂えられたようにぴったりと、指輪は薬指に収まった。

「うわっ、指輪?」

「……そうみたい」

 手元を覗き込んで楽しそうな声を出した舞惟に、答えた声は少々憂鬱そうで、舞惟は思わず親友の顔をまじまじと見た。

「ちょっと、大丈夫? 変な男に捕まったりしないでよ?」

 心配そうな親友と、光り輝く七色の石。この石の価値は持ち主が決めるのだと、あの男は自信たっぷりに言ってのけた。

 もう紅葉は、この石の価値が作りものであることを知っている。偽物の価値で飾り立てられた、がらくたであることを知っている。なのにそれでもなお、見惚れてしまいそうだと思うこの気持ちこそが、ダイヤモンドの価値だとしたら、それは――

「…………いや、もう遅いかも」

 絶句する舞惟の前で、紅葉は諦めたようにため息をついた。

 それはなんだか負けたようで、酷く悔しいことだった。

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